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脳のスイッチを切り替えて、2.5次元へダイブしよう このエントリーを含むはてなブックマーク

■3次元と2次元、2.5次元は全然違うもの

 多分に漏れず、僕もニコ厨です。ランキングは上から下まで、1から100位まで完全にカバーしてますし、新着動画も熱心に見てる方です。で、ニコニコでは2.5次元という文化が出来上がりつつあるのですが、今日はその話。

 「かわいい」とか「萌え」という言葉を使いますけど、それってどういう意味でしょう。「萌えとは何か?」ってテーマは、三ヶ月に一回くらいの頻度で話題になりますよね。なんで頻繁に話題になるのかというと、結局のところ、誰もが納得する結論が出ていないからです。

 僕が思うに、3次元と2次元の核心はそれぞれ別のところにあるんです。そして、それら二つとは違う領域に、2.5次元という文化も存在します。これら三つは重なり合う部分を持ちながらも、個々に違う個性を持っており、それを「かわいい」や「萌え」という一個の言葉でくくるから、微妙にすれ違ってしまうんです。

■3次元とは眺める美



 僕が見た中で一番美しいと思った3次元の画像が、コレです。まず、一番に見てしまうのが、その瞳です。陳腐な形容ですけど、吸い込まれるような、見事な青。目線はカメラを向いておらず、無機質に虚空を眺めているため、より強烈な印象を与えます。

 個人的に好きな部分は、その肌です。頬の部分は薄っすら赤く、陰のある部分とない部分にコントラストが生じています。右下に少しだけ見える左肩はほとんど黒といってよく、逆に日を浴びた右肩は白く光っています。

 両の手は木の棒をぎゅっと掴み、握りしめています。中指と薬指の間は開けられており、右手の小指の下には皺ができています。左手の甲には青い血管が浮かび上がり、生々しい人間性と真っ白いマネキンのような人形性の両方を、同時に表しています。

 3次元の楽しみは、それを見入ることにある、と考えます。3次元とは写真が主であり、写真とは事実をあるがままに映し出したものです。撮る人間の意図したものは当然、撮られるモノの意図しなかったものまで、全てを詳細に映し出します。

 根本的に、3次元とはアナログなのです。ごく少量の「写したいモノ」の背景に、膨大なノイズが存在しています。そのノイズは眺めれば眺めるほどに、面白さを持ちます。ほとんどの人間にとって意味のないモノが、丹念に見る人にとって素晴らしい美なのです。

■2次元とは理解する美

たかまれ!タカマル (6)


 2次元で好きなものは多すぎて、選ぶのが難しいです。その中でも特に好きなのが、コレ。『たかまれ! タカマル』6巻の表紙。描かれているのは、百刈さん。初登場は高校一年で、現在は高二。外見だけだと、中学生か小学生にだって見えちゃいます。

 百ちゃんが巨大なクマのぬいぐるみを抱えています。百ちゃんは先輩であるゆきえさんが大好きです。ゆきえさんはぽっちゃりした女の子なので、このクマは大好きなゆきえさんを表してます。左手にはリードが握られており、その先は主人公タカマルの首に繋がってます。タカマルはゆきえさんにちょっかいを出す、憎き仇敵です。そして、同時に、百ちゃんがほんのり好意を寄せている相手でもあります。

 この表紙は、大好きなゆきえさんを両手に抱きしめ、忌々しいタカマルをひどい目に合わせつつ、手中に収めるイラストなのです。だから、百ちゃんは幸せそうな笑顔であり、見ようによっては意地悪く悦に入っているようにも見えます。

 解釈学という学問があります。ちょっとした図像や言葉などから、秘められた意味を判別する学問です。2次元の楽しみとは、解釈学の楽しみです。もちろん、単純に美しいものを見る楽しさもあります。しかし、それだけではなく、作者の込めた意味を推し量るのが2次元の醍醐味なのです。

■2.5次元とは幻想を保証する美



 そして、2.5次元です。そもそも、2.5次元というのは、概念を理解してもらうこそそのものが困難であるようにも思えます。我々は『らぶデス』や『アイマス』など、画面上に3Dとして再現されたデータを2.5次元と呼んでいます。不正確に、かつ分かりやすく書けば、現実を3次元、マンガを2次元とした場合、2.5次元とはゲームなわけです。

 3Dの女の子が動き回る姿は、奇妙です。その理由が二つあります。一つは、彼女たちが非常に独特な動き方をする点です。現実の人間は関節が連携することによって、なめらかな動きをしています。2.5次元の少女たちにも関節というデータは存在するのですが、その連携は完全なものではなく、非常にぎこちなく、不自然なのです。

 もう一つは、ささいな違いが気になってしまう点です。例えば、アニメのキャラクターが少しばかり不自然な動きをしても、誰も何も思いません。少なくとも、それに違和感を覚えません。アニメのキャラはデフォルメされたものであり、自然である必要もない。自分たちの縮尺として考える人間がいないからです。

 ところが、3Dの場合、事情が変わってきます。2.5次元の少女たちはうっかりと現実の人間に近いがために、まるで人間のように認識してしまうのです。2次元のアニメであれば気にしなかったような、独特の動き方が、非常に奇妙に見えてしまうのです。そこには強烈な違和感があります。

 では、2.5次元に魅力はないのか、といえば、そんなことはありません。『アイマス』が愛されているのは、そのゲーム性やキャラクターの愛らしさ、楽曲の素晴らしさ。そして、2.5次元の魅力があるからこそ、なのです。

 2.5次元の魅力とは何か。おそらく、それは、不自然さとの葛藤です。2.5次元の少女たちが動き回る様を見ていると、まるで現実に存在するのではないかと思うことがあります。いえ、正確には、自分自身が隣に立てるのではないか、という幻想を抱けるのです。2次元の世界に自身を没入させるよりも容易に、2.5次元の世界に入り込むことができるのです。彼女たちは3次元の美点を持ち合わせています。

 しかし、その不自然な動きが、ある種の幻想をも保ったままにしてくれます。現実に存在する人間ならば美しい面もあれば、醜い面もあります。物語では、人間の両面を愛せることが愛することだ、としたり顔で語られます。ですが、できるなら、美しい面だけを見ていたいと願うのは、人間の真理です。

 だから、亜美や真美が不自然な動きをするたびに、ほっとするのです。現実の延長線上に存在するかに見える彼女たちは、現実ではない。だから、醜い面を持たなくてもいい。美希のぎこちない動作が、美しい面だけしか持たないアイドルであることを保証してくれるのです。そう、それは本来であれば、2次元にしか持ち得ないものです。

 つまり、2.5次元の少女は3次元と2次元の両方を抱える存在なのです。それは直に接せられるような体感的な美しさを持ち、反面で汚れることのない清浄をも抱えています。ほんのちょっとの不自然さが、それをユーザーに教えてくれます。

■脳のスイッチを切り替える

 例えば、サッカーと野球、バスケ。体を動かすという点では同じですが、本格的に楽しむためには、それぞれ別々の考え方をする必要があります。サッカーは戦略性のゲームですし、野球は一球に込められた癖を見ることが必要です。バスケは非常にスピーディですから、脳を使う速度も変わってきます。

 これと同じで、3次元と2次元、2.5次元では楽しみ方が全く違います。美少女を愛でる点においては変わらないとはいえ、3次元と2次元、2.5次元に対して、同じ見方をしていては楽しめません。意識的に脳のスイッチを切り替えることで、ようやく100%楽しむことができるようになるのです。
2008年04月19日 | トラックバック(0) | コメント(0) | その他 | Page Top


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