アニメ化するということなので、『西洋骨董洋菓子店』を読み返してました。ケーキとボーイズラブ、人情モノとミステリー。エンターテイメントに優れていながら、娯楽としてだけでは語りつくせない魅力のある作品です。だから、僕は、『西洋骨董洋菓子店』がよしながふみの最高傑作だ、と思ってます。
元ヤンキーで、殴ったり蹴ったりすればなんでもできると信じていた。ボクシングを始めて、頂点に立ったところで戦えなくなった青年。幼い頃に誘拐され、何もかもが上手くできるのに、あらゆるものが上手くいかない青年。何をやっても下手な男に、男を誘惑することができない男。
男四人が揃って、小さなケーキの店をやります。そこには色んな客が訪れます。犯人を捕まえられず、無念の思いを抱き続ける警官。必死になってサンドバックを叩くものの、全く勝つことのできないボクサー。好きな男を忘れられず、フランスから日本まで飛んできたゲイのパティシエ。
風変わりなケーキショップの、奇妙な店員たち。そこに通ってくる、種々雑多な客たち。それぞれの店員も客も、関わりはなく。オムニバス形式で進んでいるように見えたストーリーが、一気にまとめられていく快感。これほど素晴らしい展開をするマンガ、そうはないですよ。
 西洋骨董洋菓子店:よしながふみ
マンガ家としてのよしながふみのすごいところは、あらゆる演出を計算しているところです。例えば、上は一巻の第一話目のシーン。アンティークと名づけられたケーキ屋に、初めてお客が入ってきた場面のコマ。たったの一コマで、三つのことを明確に示しています。
まず、一つは、『西洋骨董洋菓子店』がケーキのマンガである、という点です。これは一見当たり前のようですが、実は違います。高校の部活動を舞台にしたマンガだけど、やっているのは恋愛物。サッカーマンガだけど、サッカーよりも心理描写の方が多いマンガなど。作品の舞台やタイトルと内容は一致していないこともあります。よしながふみはこのコマで、マンガの舞台がどこで、何を描くのかを、第一話目の冒頭で説明しているのです。
二点目は、ケーキ屋のオーナーであり、主人公でもある橘の頭の良さです。橘は勉強すればなんでもできる。教科書を読めば勉強ができますし、練習すれば歌も抜群に上手く、AVを見まくったせいでエッチも上手い。橘はやればなんでもできちゃう男という設定で、その説明になっているんです。
さらに、橘は非常に口の上手い男でもあります。元々が凄ウデの営業マンで、どんな相手にでも商品を売りつける敏腕だったのです。そして、橘は女が大好きなので、女性に対しては生き生きと相手をする。そういう男でもあります。
読者の大半が読み飛ばすだろう、大量のケーキの説明。これを右下に描かれた女性が嫌がらずに聞いていることが、橘が調子の良いところを発揮しているところを示しています。「普通だったらうざいだろうとこを、感心して聞いているということは、話が上手いんだろう」と読者に思わせるわけですね。
何よりすごいところは、以上のような演出を施すために用意された台詞。コマの上半分を占める大量のフキダシの中身は、読まれないことを前提に作られている点です。それらしいことが書いてあって、大量の言葉のカタマリであることが分かれば、読まれなくても演出になっちゃうんです。
つまり、よしながふみは計算しているのですよ。どういった内容の言葉がだったら、読者はケーキマンガであることを納得するか。どの程度書かれていれば、読み飛ばすか。どんな表情をさせたら、設定を理解するか。全部計算に入れて、描いているんです。
芸術というのは、全く同じものを作るのは不可能です。同じ絵を見て、同じように描いた模写でも、色使いやタッチによって別の絵になってしまいます。一方で、数学は論理の道具です。誰がいつどこで使っても、同じ結果が出ます。
よしながふみには、マンガの才能と言えるものがないです。もちろん、絵は描けますし、ストーリーだって作ってます。でも、芸術的な才能は全然ないです。しかし、よしながふみはマンガの論理というものを知っていて、それを完璧に使いこなしています。そこが、すごいとこなんですよね。
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