■色々な天才たち
アラキヒロヒコは天才ですよね。世の中には、色々な種類の天才がいます。新しい考え方を思いつく天才や新しい発想を実現するのに必要な道具を組み立てる天才、その道具を上手い具合に使いこなす天才などです。
一つの才能を持っている方というのは、結構います。というのは、天性の才能を持っているからこそ業界で生き残れるし、長く一線で続けている人ほど目立つし、有名だからです。例えば、皆川亮二さんは既にある道具を完璧なまでに使いこなします。よしながふみさんは新しい発想を生み出すことはしませんが、誰かの作品から良い部分を発見して、再現してみせるのが天才的です。
そして、アラキヒロヒコです。彼はおそろしいことに、ほとんど全ての才能を持っているように見えるところです。彼は新しい発想をします。それも『ストーンオーシャン』のような奇抜な設定ではなく、技術論的な新しさがあります。
しかも、それを実現するための道具を自ら作り上げます。考え出したり、発表したり、未完成のものを作る人はいます。しかし、いきなり完成形を作り出す人は滅多にいません。その上で、彼は生み出したツールを完全な形で使いこなすのです。
■丸コマという技法
 スティール・ボール・ラン:荒木飛呂彦
観念論的で分かりづらいので、具体例を出しましょう。例えば、この丸コマという発想は、非常に優れたアイディアです。通常の四角いコマの中に差し挟みこまれる形で、丸いコマが描かれています。丸コマの中身は、通常コマの一部をピックアップし、さらに微妙な変化を加えたものになっています。
まず、挙げられる点は、『スティールボールラン』全編を通して、この表現は丸という形で行われているところです。確か、この表現は第一話から使用されているのですが、それ以来変わらずに丸の形を維持しています。四角や三角でも同様の効果が得られるにも関わらず、丸なのです。それは表現の形式とコマの形を合わせることで、読者の理解を促進させるためでしょう。同じ表現が時によって丸だったり四角だったりすれば、読者の混乱を招きかねません。
また、これと同じ効果を2コマ使って発揮する表現があります。当然ながら、それを行うには2コマ分のスペースが必要なわけです。この表現は非常に小さな空間で使用することができます。通常のコマの内部もしくは中間に差し挟むので、専用のスペースを必要としません。
『スティールボールラン』は大陸横断レースを舞台にした物語です。ですから、非常にスピード感のある描写や展開が求められます。例えば、地方都市を舞台にした『ジョジョ』第四部であれば、2コマを使ってじっくりと描くのもいいかもしれません。しかし、レースを舞台にしている以上、必要な空間の少ない表現を使うことで、スピーディに見せることが必要になってくるわけです。
これとよく似た表現というか概念に、テレビゲームのインターフェースがあると思います。例えば、『スーパーロボット大戦』では、戦闘中に画面が上下に分割されます。上はロボットのアクションを映し、下はキャラクターの顔と台詞を映します。
『スパロボ』は上の画面によって全体の状態や構図を示し、下のインターフェースによってキャラの表情や心理を描くわけです。これと同じで、『スティールボールラン』は通常コマで全体の状況を示し、丸コマでキャラの顔と心理を描くわけです。
■必要な技法を作る才能
アラキヒロヒコは、おそらく、『スティールボールラン』のためだけに、この丸コマの技法を生み出しました。似たような効果を持つもの、使い方の似たものは以前にもありました。第三部や第六部の戦闘シーンでは顕著だった気がします。
しかし、シリーズ全体を通した、一貫した技法として丸コマという技法を使用したのは今回が初めてです。状況としては、スピーディな展開を演出するための技法としたアラキヒロヒコが、従来のやり方をチューンアップし、専用のツールとして作り上げた、というところでしょう。
つまり、作品にどんな演出が必要なのか。その演出を行うためにどういった技法が考えられるか。どんな技法なら理想の状況を作り出せるか。それを読者に理解させるために何が必要か。諸々のことを計算した上で、ツールを一個作ってしまったわけです。
手塚治虫なんかも、かなり似たようなところがあります。手塚治虫の場合、成功作も失敗作も一応全部使ってみるので、非常に分かりやすいです。アラキヒロヒコは全く失敗作を見せません。ダメなものは世に出さないのかもしれませんし、もしかしたら失敗しないのかもしれません。
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