■食べることへの執着
僕は食べるのが好きです。ゴマ油とカキの風味を基調とした中華料理は大好きですし、オリーブにニンニクを効かせたイタリア料理も好きです。スパイスたっぷりの香ばしいカレーも好きですし、日本風にアレンジされた塩味の濃いカレーも大好きです。もちろん、甘みを抑えたツユにそばをくぐらせた味と触感も好きですし、多目の油を吸ったコロモにソースの混ざるトンカツも大好きです。
見知らぬ土地に行って、まずすることは飲食店をチェックすることです。展開しているファミリーレストランのチェーンを確認しつつ、地元で長年愛されていそうな洋食店も覚えておきます。どんなところでも中華料理店はお高いところから定食屋に近いところまで必ず揃ってますし、イタリア料理も本格派からチェーンに近いお店まで様々です。ハンバーガーチェーンが何店舗揃っていて、ケーキや和菓子を扱っている店がどれだけあるのかも見ておきます。
そういう人なので、マンガに食べ物が出てくると、かなり過剰に反応してしまうクセがあります。マンガに登場する料理のイラストや台詞なんかを見ますと、作者がどれだけ食べ物に愛着があるのか 分かる気がするんです。分かりやすくいうと、同志は見抜ける気がするんですね。
■魅力のない食べ物の謎
で、『2週間のアバンチュール』です。中村明日美子さんの新刊です。
 2週間のアバンチュール : 中村明日美子
表題作、「2週間のアバンチュール」の一コマです。「2週間のアバンチュール」は、黒い髪に黒い瞳、目つきの鋭いアンジュという少女を主人公にした連作短編です。学者のような知識欲と悪魔のような発想をするアンジュの物語です。
上は、ローズという少女がレーズンパンから選り分けたレーズンです。アンジュとローズは2週間だけ泊まりこみの水泳教室に参加しており、同室です。レーズンの嫌いなローズは、陰気なアンジュにそれを押し付けたのです。
マンガを読んでいて、このレーズンに引っかかりを覚えたのです。このレーズンは後にも登場しますし、それは物語上、大きな役割を持っています。ですから、わざと印象的に描かれているのですけれど、それを考慮しても、まだレーズンには魅力が残っていると感じたのです。
 2週間のアバンチュール : 中村明日美子
こちらは「ヒメコちゃん」という作品の一コマ。高校時代に仲の良かったクラスメイトが、十数年ぶりに申し合わせ、温泉へ旅行に出かける、というマンガです。ただ、一つだけ普通でなかったことは、男子だけだったはずのグループの一人が性転換していたことでした。
このラーメンは物語上、大きな意味を持っていません。ただ、食事の風景の一部として描かれただけです。しかも、マンガに登場する食べ物としては、とても美味いようには描かれていません。食べ物の一つであるラーメンというものが、ただ必要に応じて描かれた。そんな風にも見えます。
しかし、このラーメンにも妙な引っかかりを覚えたのです。全く意味のないはずのラーメンです。ストーリー上も、絵柄も見流すだけのものとして描かれているように思えます。でも、そこに妙な魅力を感じるのです。
 2週間のアバンチュール : 中村明日美子
最後は、こちら。その名も「Belgian walffle」というタイトルの一コマです。『Jの総て』や『ばら色の頬のころ』に登場するモーガンと父親の作品です。全てが終わった後の二人の関係については、読んで確かめてもらう、ということで。
上のベルギーワッフルもまた、妙に心惹かれるイラストでした。確かに上手な絵ではあるのですけど、料理の美味しさを描き出しているようにはとても見えない一枚です。しかし、やはり、このベルギーワッフルにも魅力を感じるのです。
■食べ物の魅力
『2週間のアバンチュール』に描かれる食べ物のコマに、これほど魅力を感じるのは何故だろうか。それが僕の謎でしたし、テキストを書き始めた動機でした。そこには食べ物のコマが幾つもあります。それらは物語に関係していることもあれば、関係していないこともあります。共通しているのは、それらが非常に客観的なタッチで描かれており、上手いけれども美味しそうには見えず、にも関わらず、魅力を感じる点です。
この謎を抱きながらテキストを書き始めて、イラストを抜き出していて、気づくことがありました。それは食べ物が登場するシーンでは、必ず料理を大きく描くためだけのコマが存在しているということです。だからこそ、僕は上手い具合に該当コマだけを持ってくることができたのです。
これは、僕がそう感じた、というだけのことなんですが。やはり、中村明日美子さんは食べることが好きな人なんだろうと思います。それを絵柄から極力出さないようにしている、もしくは絵柄に表れないけれど。何かによって、食べることへの執着が表現されている。だから、食べ物のイラストがこんなにも魅力的なのではないでしょうか。
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