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ライトノベルのウェルメイド化。 - Something Orange
カトゆー家断絶から。

 ライトノベルから革新的な作品が減ってるなぁ、という記事です。ライトノベルに限らず、マンガにしろアニメしろ映画にしろ、歴史と文化が発展していきますと、革新的な作品はドンドン減っていきますね。読者を驚かせるハードルが高くなりますし、才能のある人はその時代で一番革新的なメディアに移っていきますからね。致し方ないことかもしれません。

 海燕さんが書かれてるいる通り、革新的でないからといって、つまらないわけではないですしね。『悪魔のミカタ』や『とある魔術の禁書目録』などはウェルメイドなライトノベルと言えちゃうと思いますが、大好きです。キャラクターやストーリー展開そのものをテンプレ化した上で、そこに語られるテーマに差別化が起きてるかな、という気もします。

 で、僕が革新的だったと感じたライトノベルを紹介していきます。

■一般文芸とエンターテイメントの融合『クリスクロス』

 まず、一作目はこちら。電撃文庫の小説大賞の第一回金賞です。大賞を差し置いてハードカバー出版され、著者の高畑京一郎先生は現在でも審査員を務めてらっしゃいます。現在のライトノベルは電撃文庫を中心に回っているといっても過言でなく、その電撃文庫の礎を築いたのが『クリス・クロス』なわけです。

 『クリス・クロス』はゲーム世界を舞台にした小説です。巨大な会場に精緻な機械を設置し、集った人に仮想空間を提供するゲームがありました。本来は研究開発のために設計され、デモンストレーションのためにゲームがお披露目された、という設定です。

 テストプレイヤーに選ばれた主人公は、ゲーム世界のダンジョンを探索し、地下深くに潜む魔王を退治することとなりました。そこには現実そっくりの感覚が反映されており、敵を見ることも仲間の声を聞くこともできます。ダメージに合わせて、微弱な痛みを与えることもできてしまうのです。

 高価な機械を使って、贅沢な遊びをすることを許された主人公。ゲームの世界で知り合った仲間たちと慎重に洞窟を進んでいると、突如奇妙な声を聞きます。魔王を名乗るものからの宣戦布告です。その瞬間から、微弱だったはずの痛みが真実の痛みに変わり、ゲームオーバーとなったキャラが消えず、死体となってしまったのです。

 初めて読んだ時、凍るような思いをしました。何が真実で、何が虚構なのか。作中の人物には当然分からず、上から眺めているだけの読者である僕までもが混乱しました。この混乱は読み終わってもまだ解けず、今もって僕の心に残っています。

 『クリス・クロス』は一般文芸ではありえない。エンターテイメント小説にしても、SFにしても、これは受け入れない、と感じました。しかし、では、当時の大手ライトノベルレーベルだった富士見ファンタジア文庫やスニーカー文庫の枠に入るとも思えません。間違いなく、新しい世界観がそこにあったのです。

■長大な伝説を書き切った『魔術師オーフェン』

 二作目は、こちら。富士見ファンタジア文庫の顔であったし、間違いなくライトノベル殿堂入りの作品。『魔術師オーフェン はぐれ旅』です。あの当時ですら既に珍しかった、超正統派のファンタジー。しかも、壮大なスケールのストーリーを見事に完結させた稀有な作品です。

 実をいえば、初期の頃の『オーフェン』は面白いけれど、それほどに特別な作品でもなかったです。裏設定があることはほのめかされていましたが、その後の見事なストーリー展開を予想させるほどのものではなかったです。

 それが変わったのが、第7作目にあたる『我が遺志を伝えよ魔王』です。この巻では、森をさまよった結果、オーフェン一行は奇妙な屋敷にたどり着きます。魔王の劇場であったらしいそこに入ると、奇妙な人形たちが襲い掛かってきます。

 ここに至って、初めて明確にストーリーが規定されたのです。これはライトノベルで発表される一大叙事詩であり、俺は今その誕生の瞬間に立ち会っているのだ、と感じたのです。それ以前にもストーリーがあり、世界観の確立した作品はありましたけど、その伝説までもが語られるものはなかった。その初めてが『オーフェン』なのです。

■現実がファンタジーを埋没させる『ブギーポップは笑わない』

 そして、かの有名な『ブギーポップは笑わない』です。電撃文庫の最初期の方向性を位置づけたのが『クリス・クロス』であるなら、現在の電撃文庫の方向性を決定付けたのが『ブギーポップ』です。そのせいで、今なお新刊を書かなければいけない、辞めることができないなんて話もありますね。

 『ブギーポップ』には、それまでになかった様々な手法が使われていたように思います。例えば、『ブギーポップ』にはオムニバスという手法が使われています。複数の登場人物が個々に語り、それらを読者が頭の中で統合することで真実が浮かび上がってくる、というものです。これ以前には滅多に見られないやり方でした。

 出版社側もその新しさをある程度意識していたのだと思います。それまで文庫の表紙は賑やかに飾り立てるのが一般的でした。作中のキャラクターが所狭しに配置され、店頭で目立つよう、カラフルに色分けられるのです。

 ところが、『ブギーポップ』はひどく地味でした。黒いマントに奇妙な帽子を被ったブギーポップと制服姿の宮下藤花が立っています。白い背景に、二人が重なり合っている姿。緒方剛志さんのイラストがどれだけ上手かろうと、地味なものは地味。だからこそ、賑やかな店頭の中で、逆に目立っていたのです。

 個人的に、一番新しいと感じたところは、その現実性です。それまでも現実を舞台にしたライトノベルや現実らしいキャラクターはいました。しかし、それらの現実は魔法や超能力によって侵食されて、どんどん形を失うために作られた、壊されることが前提の現実でした。

 それが違ったのです。『ブギーポップ』の場合、現実は明らかに現実なのです。学校に行かなければいけない、就職があり、恋愛があり、どうにもならない人生がある。そのギュウギュウに押し詰まった現実の、ほんの狭間に少しだけ虚構が顔を出している。そんな扱いだったのです。

 現実をそのまま書いてしまうライトノベル。ファンタジーや妄想を書きつつも、それが最後には消えてなくなってしまう。そんなライトノベルは、やはり革新的だったのです。だからこそ、シリーズが続くほどに現実が侵食されているのが残念なのですけど。

 こうして眺めてみますと、革新というのは歴史的な流れの中にあるんですよね。それまでの流れとは違った、別の流れを作り出すものが革新と呼ばれるわけです。次の波は一体どんなものなんでしょうね。
2008年05月29日 | トラックバック(0) | コメント(0) | ライトノベル | Page Top


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