すげえ、顔芸である。俺は誰もが認めるロリコンであって、ロリコンと聞けば動画だろうと、音声だろうと捜し求めているハンターなわけである。東に内緒妹がいればコメントし、西にボクがいればマイリストし、北にねーちんがいればtwitterで宣伝し、南にnayutaがいれば大量の感想文を書き付ける。ニコニコの話である。
というか、俺は幼い子供が好きなのである。それは男女に限らない。いや、ことによっては少女よりも少年の方が好きなくらいかもしれん。ともかくも、無邪気な表情や仕草。その裏に隠された計算の高さと甘さ。凹凸のない肉体に元気溢れる行動。その全てが愛らしい。
そういう俺が、この幼女だけは可愛くない。全く可愛いと思えない。むしろ、面白い。動物園に並べておいても、全然違和感を覚えないだろう。キリン、シマウマ、ゴリラ、麗子。おそらく、誰もが気づかない。面白い生き物だ、と思う。そんな少女を主人公にしたのが、『麗子物語』である。
 麗子物語:坂井久仁江
表紙の顔からして、これである。小学校にも上がっていない子供が、これである。生まれたての子供は猿のよう、という言葉は確かにある。人間はみなチンパンジーの顔で生まれてくる。しかし、この子は五歳である。普通だったら、可愛くない時期はとっくに過ぎている。そろそろ、人類になっているはずなのである。
 麗子物語:坂井久仁江
しかして、人間、笑えば可愛い、ともよく言われる。どんな人でも、笑っていると可愛い。ごっついおっさんでも、笑うと少年のよう、というアレだ。幼い子供であれば、なおさらに、あどけない顔立ちになると思うじゃないか。
うん、ところで、上は麗子ちゃんが笑ってるところなんだ。魔女じゃなくて、五歳児。奇妙な釜でグツグツ煮立てて、魔法の薬を作ってるところじゃない。誕生日パーティで、ケーキに刺さったロウソクを吹き消すところなんだ。
ものすごい顔芸である。素の表情も凄まじいが、笑顔も怖い。つまり、無敵である。だって、素の表情というのは人間の中で一番無防備な顔である。笑顔というのは、一番可愛い顔のはずなのだ。この二つがすごいということは、どんな表情をしていてもすごいということなのである。
しかも、この子、ちょっと変わってはいるけれど。基本的には優しくて可愛い子なのである。だからこそ、申し訳ないのだけど、顔芸が素直に笑える。だって、性格が悪かったり、偏屈な子供だったら、顔芸の凄まじさは憎しみに変わるはずである。逆に、良い子だからこそ、単純に笑うことができる。その辺りのさじ加減もバツグンなのだ。
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