先日、エロマンガの純愛系と陵辱系の違いについて書きました。今日は陵辱系を二つに分類してみようかな、と思います。一つは、陵辱の過程を極めつくすタイプ。もう一つは、陵辱に至るまでのシチュエーションを濃密に描くタイプです。
 ちっちゃいトコ・スキ!:おおたたけし
前者の、陵辱の過程を描くタイプの作家さんだと、おおたたけし先生がいます。このブログを何歳くらいの方が読んでいるのか分からないので、あまり、微に入り細に穿った説明はしません。分かりやすく書くと、最初の1ページと最後の1ページ以外、全て陵辱シーンなんです。
といって、何も書かないのもあれなんで。おおたたけし先生は同人誌の頃から、徹底して尿道好きなわけです。自身の単行本に「なぜ尿道を描いたマンガが増えないのか分からない」と書かれるほどの尿道好き。全編、そこを器具によって弄り倒すのが、おおたたけし先生の真骨頂なのです。
 J・R:あわじひめじ
後者、陵辱のシチュエーションを描くタイプの作家さんだと、あわじひめじ先生です。ロリータマンガの最右翼的な方ですね。小学生がコンビニの帰り道に、スピード写真を撮りに行ったアイドル志望の少女が、勝気で強気な正義のヒロインも、とにかく大勢にやられまくります。
で、そのインパクトに流されがちなんですが、実はあわじひめじ先生のエロマンガは陵辱の描写が多くありません。悪漢に少女が捕まり、プライドが粉砕される過程は描かれます。散々に嬲られ、崩壊した姿も描かれます。
しかし、その途中にあるべき、陵辱の描写は意外に少ないのです。今調べてみた感じだと、半分くらいのページが陵辱以外に費やされてます。特に、前半の捕まる過程の描写には力が入っているように思えます。
人間の妄想とは、シチュエーションの積み重ねだと言えます。どんな娘がどんなところで、どうなってしまうのか。そこで何が起きるのかということよりも、どんな女の子なのか。陵辱そのものよりも、そこに至るまでの過程が脳にクル場合があるんです。そこを描いてくれるのがあわじひめじ先生です。
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