
『セクシーボイスアンドロボ』はとても面白い漫画である。しかし、この漫画が持つ面白さを言葉で説明するのはとても難しい。セクシーボイスを自称する女子中学生が、テレクラで引っ掛けた男性・ロボを引き連れ、事件に挑む痛快活劇。これが今作の大まかなストーリーである。しかし、ストーリーを理解したところで、この作品の面白さを理解することは全くできない。精神科医が「戦闘美少女はオタクの教養だ」と語るほどに、少女の活躍する作品はありふれたものだからだ。
さて、多くの優れた作品がそうであるように、それが優れた作品であればあるほど、その作品を語るのは難しくなる。この漫画は面白いものなのだと読者に意識させることなく、さりげなく引き込むこそ、優れた作品の条件なのだ。だから、この文章の結論は「読めば分かる」に決まっている。あらかじめ、この前提を理解した上で、この作品がいかに優れているかを説明してみよう。
この作品の特徴の一つは、その直線のなさである。キャラクターは言葉を交わし、その文字は写植であるため直線を持っている。この文字の直線を除けば、この作品には極端なほどに直線がない。例えば、キャラクターの顔や服装、木や草花が曲線で構成されることは不自然でない。自然が作り出したもので直線を持つものはそうない。しかし、この作品では鉄橋や看板、ビルの外壁などの人間が作り出したものにも直線が使われることは滅多にない。数少ない直線は見ようによってはかろうじて直線に見える程度のものであり、定規やモノサシで採寸すれば、そこにズレを見つけることができるはずだ。
この直線のなさが作品に与える影響は大きい。読者が背景とキャラクターを見分ける手段の一つは、そこに直線が使われているか否かであろう。そこに直線が多様された絵は背景であり、その多くが曲線で構成されたものはキャラクターである。例えば、背景や直線で描かれたモノを読者に意識させようという演出意図がある場合、具体的な背景は消え去り、集中線や点描などが使われることが多い。
このことを考えると、背景とキャラクターの双方が曲線で描かれる漫画とは、その主体が極めてあいまいであるということに等しい。読者は背景とキャラクターを見分ける術を失い、その両方に同じだけの意識を集中することになる。そのことだけを取り出せば、この背景とキャラクターが一体化するという作風は欠点にしかなりえない。この作品が一般的な漫画に比べて文字が多いのは、読者が霧散させられた集中を文字に集めるためなのかもしれないとすら思う。
ところで、この背景とキャラクターの一体化とは絵柄の統一という見方をすることもできる。先に書いたように、一般的な漫画においては背景とキャラクターの絵柄は意図的に書き換えられ、その不調和によって読者の集中はコントロールされる。この手法は背景とキャラクターの乖離を前提にしたものなのだ。ほとんどの漫画はキャラクターやストーリーは違うものの、背景の質そのものはさして変わらない。それは背景とキャラクターの不一致が前提とされるため、背景に手を加える必要がないからだ。
この背景とキャラクターの不統一という手法は読者の利便性を高める一方、世界観の不徹底さにも繋がる。奇抜・奇怪なキャラクターであっても、純愛や革命のストーリーであっても、その背景の質そのものは変わらないのである。これは監督や脚本、俳優の違うにも関わらず、道具や演出が常に変わらない映画のようなものである。この奇妙な変化のなさがある。
逆に、今作品は読者の利便性を下げながらも、世界観の統一が見事に果たされている。この漫画の背景はキャラクターが見た空間であり、キャラクターが感じた世界なのである。一般的な作品において読者は漫画世界という箱庭を上から覗き見る客でしかなかったが、この作品においてはキャラクターの視点で眺める登場人物の一人になることができるのだ。
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