少女マンガは好きだが、語れない。読んで楽しい。頭のどこかで面白い認定をする。買ってよかったな。そう思う。ただ、何故面白いのか、言語化できない。何がどう楽しかったのか、言葉に表せない。俺が男だからかもしれない。
共感ではない。キャラクターに共感できることは滅多にない。脇役にすら、共感することがない。少女マンガの男性キャラは、自分が男に抱いているイメージと違いすぎるからだ。むろん、女性キャラになどもっと共感できない。
物語に盛り上がりを感じるわけでもない。少年マンガのようにアクションやバトルがあるわけでもなければ、冒険の旅に出るわけでもない。青年マンガの熱さやオタク系の萌えがあるわけでもない。それらに比べれば、少女マンガはむしろ平坦な物語だといえる。
自分でも何が良いのか。面白いのか。まるで、言葉にできない。ただ、楽しい。それだけ。自分の感覚の中で、一番近いものは友人や知人の話を聞いている時のものだ。親しい友人でもいいし、初対面の人でもいい。極端な話、2chの書き込みなどでも構わない。
今日電車でこんなことがあった。小さい頃に、叔父さんと旅行に行った。本屋でこういうマンガをよんだ。バイト先の友達があんな体験をした。そういった話を人から聞く。サスペンスばりに盛り上がる話もあれば、特にこれといった波のない話もある。ただ、それらを聞くのは、結構楽しい。
それがよほどのウソでない限り、それが真実である必要はない。ちょっとしたことがゆがめられているかもしれない。誰かの主観が入ったお話は、元の事実と違っているかもしれない。それでもいい。そのゆがみや主観こそが、人から伝わる話の面白さだ。
俺にとって、少女マンガの楽しさというのは、それに近い。誰かの噂や体験談を伝え聞く感覚。話半分に、それでも信じて、エピソードを聞く。その楽しさ。
中村明日美子『片恋の日記少女』が楽しかった。今月出たばかりの新刊で、今作は耽美ではない、短編集となっている。女性に体を変えた元男・満のアパートに、突然父が訪れる。満の彼女として二週間を父と過ごすが、父が満に気がつく様子はない。そして、すれ違いのまま、父は実家に帰るのだが。
中村明日美子のキャラクターは鶏に似ているな、と思う。それも、白い羽に赤いトサカのついた鶏。足の先端がとても細く、下腹部から腹、胸に至る中で丸みを帯びて膨らんでいく。全身は不思議に白く、髪の毛だけが特徴的に浮いている。
その一方で、顔だけを見れば、キャラクターは金魚のようにも見える。大きな顔と丸い瞳、大きな口と余白。ほとんどのマンガは同じ構造をしているけれども、中村明日美子の絵だけは金魚に見える。たぶん、顔の大部分を占める余白がそう見せているのだと思う。
かわかみじゅんこ『軽薄と水色』も面白かった。最近のものばかりなのは、旧作の名作に俺の語る余地はないから。新作なら少女マンガファンの方にとっても、買うかどうかの情報源としてまだしも価値があるだろう。
こちらも短編集なのだけど、この中の特に「エバ・マリー・アダム」という話が好き。小説家を目指して悪戦苦闘する、そろそろ若くもない男。出来そうにないことは挑戦できないが、日々の退屈には十分に耐えられる女。
ヒモを自覚する男とヒモを許容する女の、微妙なやりとり。ハリネズミのジレンマとは少し違うけれども、互いに互いの痛い部分を傷つけあう。そして、相手を傷つけることにも、傷つけられることにも、痛みにも慣れてしまっている。
どちらも、何が面白いのか、ということを書くことはできない。結局、ただ俺が好きとしか書けない。それでも、読んで損はない一作だと思う。興味のある方は、ぜひ一度手に取ってみることをおすすめする。
|