 火の鳥 宇宙編:手塚治虫
手塚先生は天才だな。そうとしか言いようがない。
現在のマンガというのは基本的に時間軸に沿って描かれている。マンガ内でもそういうことになっているし、読者も時間を意識しながら読んでいる。具体的には、「マンガは右上から左下に向かって読み進める」ものであり、「コマが進むにつれ、時間も進んでいる」という前提がある。
俺はマンガ史には詳しくないので、このルールがいつ決まったのか知らない。特に、興味もない。このルールはあまりにも当たり前すぎて、何の違和感もなく受け入れられている。例えば、八十半ばのうちのじいさんも知っているし、小さな子供だって分かっている。ごく自然なものだと思っている。
だが、マンガにおけるコマと時間の関係性というのは、必然のものではない。誰かが決めたルールであり、お約束に過ぎない。そういうことになっているから、そう読んでいる。ただ、それだけである。逆にいえば、別のルールによって描き、そのルールに従って読ませることができれば、そこに新たな表現ができる。
前置きが長くなった。冒頭の画像は手塚治虫『火の鳥 宇宙・生命編』の1ページである。見れば分かる通り、このページは右上から左下にかけて順序よくコマを眺めていくルールを使っていない。時間軸を上から下にだけ流れている。左右はキャラクターの存在する場所を表現しており、別々に分かれているコマではキャラも分かれており、1つに複数が描き込まれているコマではキャラが同じ場所に存在することを示している。
この表現の利点は、同時並行という状況を作家にとっても読者にとっても簡単に表現できる点にある。通常のマンガ手法で同時並行を表すためには、A-B-A'-B'のように時間と場所を何度も行き来しなければいけない。これはページ数を食うし、読者にとっても理解し辛い手法であるため、多用ができない。
ところが、手塚先生の手法ならば、たったの1ページで同時並行という状況を分かりやすく描くことができる。まず、大コマを使えないという欠点はあるものの、ページ数は圧倒的に縮められる。さらに、コマとコマが連結されているため、何が起きているのかを読者が直感的に把握できる。
この『宇宙編』は全編に渡って実験的な手法が使われている。これ以外にも幾つのか、現在では見かけることのないマンガ表現がある。すごいのは、そういった実験的手法がほぼ完璧な状態で使用されていることである。「この手法なら、こうした方が良かったのに」という齟齬がまるでない。ほぼ完全な状態で試してみて、メジャーにはならないと捨て去った手法なのだろう。
もちろん、こういった新しい表現の仕方を考えることもすごい。ただ、手塚先生のすごさはそこじゃない。頭の中で考えた手法をいきなり完全な状態で実験してしまい、なおかつ、適さないと判断し、捨て去れることだ。通常ではそこまで冷静な判断はできない。このマンガに対する冷静さが、手塚先生のすごさだろうな。
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