谷川史子さんの新刊が出ました。『くらしのいずみ』です。これは恋愛マンガという定義になると思うのですが、そこに描かれているテーマは「好き」とか「嫌い」ではないんです。どちらかといえば、「安心する」とか「気楽に生きる」というものなんです。
谷川史子さんのすごいところは、その心理描写です。ほとんど言葉を使わずに、情景を描くことで読み手に心理を伝えてしまうのです。特に俺が好きな矢野家のエピソードを使って、それを説明してみます。
 くらしのいずみ:谷川史子
例えば、こちら。お骨を抱えて、キョロキョロと見回す主人公。シュートカットの女性が机の前に正座し、次のコマでは彼女の代わりにお骨が置かれています。これだけで、男性の心境や彼らの関係性、何が起きているのかが全て説明できているんです。
おそらく、男性は葬式から帰ってきたばかりのところです。胸にお骨を抱えているところから、大事な人が死んでしまったようです。落ち着かなげにしているのは、自分しかいない部屋が普段よりも広く見えているからでしょう。
ショートカットの女性が大きな座布団に、ちょこんと座っています。こちらを向いて微笑んでいるのは、その先に男性がいるからでしょう。言葉にすると、「おかえり」というところでしょうか。たぶん、二人は恋人かそれに近い関係なのでしょう。
そして、3コマ目で、その女性の位置がお骨に入れ替わっています。男性が胸に抱えていたお骨は、2コマ目の女性だったことが分かるのです。人がお骨と入れ替わったコマであるにも関わらず、どこか明るく、楽しげです。
 くらしのいずみ:谷川史子
倒れた花瓶、投げ出された花とこぼれた水です。おそらく、彼女は突然に倒れるかして、花瓶も一緒に投げ出されたのです。彼女が最後に触ったものが、これらなのだそうです。男性は花瓶をそのままにし、水を拭くことすらしていません。
男性は、まだ彼女が死んだことを受け入れていないのです。もちろん、だからといって、彼女が生きていると信じているわけでもありません。だから、花瓶の花は捨てられることもなく、元に戻されることもありません。
これによって、一番最初のコマで、男性がほとんど悲しむ様子もなく、ただ戸惑っていた理由も分かります。彼は女性が死んでしまったという実感が持てていないのです。だから、お骨を彼女に重ね合わせ、それまでの日常を続けようとしていたのです。
女性は回想シーンにしか出てきません。物語は全てが終わってしまった後の話になっています。普通であれば、回想シーンにだけでも登場するのであれば、生きているような錯覚を得られるのですが、この作品は違います。回想にしか出てこられないという事実が、切なく、やるせないのです。
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